福澤は生涯で50冊以上の著作を残しました。
ここでは、そのうち代表的なものをご紹介します。

【1866-70年刊・全10冊】
福澤の名を一躍有名にしたヨーロッパやアメリカ滞在中の見聞をまとめた著作。西洋諸国の経済の実情や学校教育、病院から電信機、ガス灯にいたるまであらゆる施設や制度を紹介しています。この本は、広く日本人の西洋に対する認識を深めさせたばかりでなく、徳川慶喜が「大政奉還」を決意するきっかけになったともいわれ、新政府の 「五箇条の御誓文」「政体書」などにも多大な影響を与えたといいます。

【1872-76年刊・全17編】
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり」の書き出しで知られる福澤の代表的著作の一つ。新しい自由な考え方を生み出せない儒教思想を批判し、実証的な学問の重要性を説いています。当初は福澤が中津に洋学校(中津市学校)を開設するに当たり、中津の若者のために書いたものでしたが、やがて大ベストセラーとなり、17編まで合わせて、340万部が読まれたといわれます。

【1875年刊・全6冊】
人類の進歩をうながす「文明」を求めていくことの重要性を説く、福澤の代表的著作の一つ。人間の精神を発達させるという観点では、東洋より西洋の文明が優れていることを分析し、同時に当時の日本の独立という課題のために、当面「文明」を手段とすることの必要性も説いています。西郷隆盛もこの本に影響を受け、薩摩の子弟に読むことを勧めていたといわれています。

【1899年刊・全1冊】
福澤が今日でも分かり易い平易な語り口で、幕末明治の激動の時代を、活き活きと描いた自伝。口述筆記の原稿に大幅に加筆修正を加えて完成しました。自伝文学の傑作としてフランクリンの自伝などとも並び称され、自らの欠点や失敗なども避けずに詳しく記されています。特に生い立ちから青年時代、幕末の様子が記述の大部分を占め、後半生は簡略に描写されています。